開咬の原因?「顎関節の手術しかない」と言われたときに知っておきたいこと
「以前は噛んでいた前歯が、だんだん噛まなくなってきた」
「顎関節の骨が吸収していると言われた」
「顎関節を人工関節に置き換える手術が必要だと説明された」
このような不安を抱えて、当院へ相談に来られる患者さんがいます。
大人になってから前歯が噛まなくなってきた場合、歯の移動だけではなく、顎関節にある「下顎頭」の変化が関係していることがあります。
下顎頭の吸収が進み、下あごの位置が変化することで起こる「開咬」です。
もちろん、顎関節の手術が必要な患者さんはいます。
一方で、下顎頭が吸収している、あるいは開咬になっているという理由だけで、すべての患者さんが人工顎関節を必要とするわけではありません。
症例によっては、顎関節を残したまま、顎の位置と噛み合わせを整える治療を検討できる場合もあります。
この記事では、下顎頭吸収によって開咬が起こる仕組み、必要な検査、人工顎関節全置換術の位置づけ、手術以外の治療の可能性について解説します。
下顎頭吸収とはどのような病気でしょうか
顎関節は、頭の骨と下あごの骨をつないでいる関節です。
下あごの骨の先端にある丸い部分を「下顎頭(かがくとう)」と呼びます。
下顎頭では、身体のほかの骨と同様に、古い骨を壊して新しい骨をつくる「骨のリモデリング」が繰り返されています。
この骨を壊す働きと、つくる働きとのバランスが崩れ、下顎頭の骨量や高さが減少していく状態が「下顎頭吸収」です。
原因が明らかでないものは、
特発性下顎頭吸収
Idiopathic Condylar Resorption:ICR
と呼ばれます。
インターネットでは「突発性下顎頭吸収」と表現されることもありますが、Idiopathicは医学的には「特発性」、つまり原因を特定できないという意味です。
また、時間とともに進行する下顎頭の吸収を広く、
進行性下顎頭吸収
Progressive Condylar Resorption:PCR
と呼ぶこともあります。
「特発性」と診断する前に、ほかの原因を確認します
下顎頭が小さくなる原因は、特発性下顎頭吸収だけではありません。
変形性関節症、関節リウマチなどの全身性疾患、外傷、感染、顎矯正手術後の変化などでも、下顎頭の吸収や変形が起こることがあります。
そのため「特発性下顎頭吸収」は、これらの原因を確認したうえで診断する必要があります。
必要に応じて、医科との連携や血液検査などが必要になることもあります。
画像で下顎頭が小さく見えるというだけで、すべてを同じ病気として扱うことはできません。
なぜ下顎頭の吸収が起こるのでしょうか
特発性下顎頭吸収の原因は、現在も十分には解明されていません。
比較的若い女性に多いことが知られており、ホルモン、骨の性質、関節円板の位置、顎関節に加わる力、全身的な要因など、複数の因子が関係している可能性が指摘されています。
有力な考え方の一つが、顎関節に加わる負荷が、その関節の持つ適応能力を超えると、正常なリモデリングが維持できなくなるのではないかというものです。
ただし、これも一つの仮説です。
「噛み合わせが悪いから下顎頭が吸収した」と単純に原因を決めることはできません。
一方で、上下の歯がどこで接触するかによって下あごの位置が変わり、顎関節に加わる力も変わります。
特に開咬では下顎頭へ強い力がかかることが知られています。
下顎頭吸収の原因を噛み合わせだけに求めることはできませんが、顎関節にどのような力がかかっているのかを調べることは大切だと考えています。
下顎頭吸収によって、なぜ開咬になるのでしょうか
両側の下顎頭の高さが減少すると、下あごを後方で支えている高さも低くなります。
すると、次のような変化が起こることがあります。
- 下顎頭の体積や高さが減少する
- 下あご全体が後ろへ下がる
- 下あごが後ろ下方へ回転する
- 奥歯は接触しているのに、前歯が離れてくる
- 下あごや顎先が以前より後ろに下がって見える
このため、下顎頭吸収では、骨格性のⅡ級、下顎後退、ハイアングル、前歯部開咬などがみられることがあります。
患者さんは、
「前歯で麺類が噛み切れなくなった」
「奥歯ばかりが強く当たる」
「矯正治療後に、また前歯が開いてきた」
「下あごや顎先が以前より後ろに下がった」
「数か月から数年の間に噛み合わせが変わった」
といった変化から気づくことがあります。
顎関節の痛み、音、口の開けにくさを伴う場合もありますが、下顎頭の変化が大きくても、強い痛みがない患者さんもいます。
下顎頭の形だけで、現在の状態は判断できません
CTやレントゲンで、
「下顎頭が平らになっている」
「下顎頭がかなり小さくなっている」
と説明されると、患者さんは大きな不安を感じると思います。
しかし、一度の画像検査だけでは、その変化が現在も進行しているのか、過去に起こった変化が落ち着いているのかを十分に判断できないことがあります。
診断では、下顎頭の形だけでなく、
- 以前の画像と比べて変化しているか
- 噛み合わせが現在も変化しているか
- 痛みや開口障害があるか
- 下あごの位置が安定しているか
- どの歯が、どのように接触しているか
- 顎がどのように動いているか
- 全身性疾患や外傷、手術の既往がないか
などを確認します。
骨の形態を確認するにはCTレントゲンが役立ちます。関節円板や周囲の軟組織を調べるにはMRIが必要になる場合があります。
また、過去の顔貌写真、口腔内写真、レントゲン、歯型などが残っていれば、変化の時期や進行性を考える重要な資料になります。
顎関節を人工関節に置き換える治療があります
下顎頭や顎関節の破壊が非常に進んでいる場合には、傷んだ関節を取り除き、人工の顎関節に置き換える「顎関節全置換術」が行われることがあります。
人工顎関節の技術は進歩しており、重度の関節破壊、強い痛み、著しい開口障害、顎関節強直、過去の複数回の手術がうまくいかなかった場合などには、重要な治療選択肢です。
人工顎関節全置換術によって、痛みや開口量、食事機能などが改善したという報告もあります。
必要な患者さんにとっては、非常に有用な治療です。
下顎頭吸収と診断されたら、人工関節しかないのでしょうか
ここが、私が最もお伝えしたいことです。
現在の文献では、下顎頭吸収に対して、次のような治療が報告されています。
- 経過観察
- 口腔内装置による顎位の安定化
- 痛みや炎症に対する保存的治療
- 矯正治療による噛み合わせの改善
- 顎矯正手術
- 顎関節円板などに対する外科治療
- 骨移植などによる再建
- 人工顎関節全置換術
関節の状態、吸収の活動性、年齢、症状、噛み合わせ、顔貌の変化、患者さんの希望によって治療法は異なります。
現時点では、下顎頭吸収に対する治療法を直接比較した質の高い研究は少なく、「すべての患者さんにこの治療が最も優れている」と結論づけられる状況ではありません。
つまり、
「人工関節によって治療できる」ことと、
「人工関節でなければ治療できない」ことは同じではありません。
手術以外の治療を検討できる場合があります
顎関節の形態に大きな変化があっても、痛みが少なく、必要な顎運動が保たれ、下あごの位置や噛み合わせを安定させられる可能性がある患者さんもいます。
そのような場合には、口腔内装置などで顎の位置を確認したうえで、矯正治療によって噛み合わせを整える方法を検討できることがあります。
実際に、顎関節を安定させた後、外科手術ではなく矯正治療で開咬を改善した症例も報告されています。
当院では顎関節の吸収が見られる重度の開咬症例を矯正治療のみで治療を行い、顎関節の形態が改善した症例があります。
顎関節の「適応」とは、元の形に戻ることではありません
顎関節は、生きた組織でできています。
加わる力や運動に応じて、骨や周囲の組織が変化するリモデリング能力があります。
ただし「顎関節が適応する」ということは、吸収した下顎頭が必ず元の大きさや形に戻るという意味ではありません。
形態に変化を残したままでも、痛みが少なく、顎が動き、噛み合わせが安定して機能することがあります。
私は、画像上の形だけで関節の価値を判断するのではなく、
残っている顎関節がどこまで機能できるのか。
どのような顎位と噛み合わせであれば、無理なく適応できるのか。
を検討することが大切だと考えています。
当院では「前歯だけを閉じる治療」は行いません
下顎頭吸収を伴う開咬では、開いている前歯だけを動かして接触させても、原因となっている顎位や奥歯の接触状態が変わっていなければ、再び噛み合わせが変化する可能性があります。
当院では、
- 下あごがどの位置にあるのか
- 顎関節がどのように動いているのか
- 奥歯の高さや傾きはどうなっているのか
- どこに強い歯の接触があるのか
- 顎関節にどのような負荷が加わっているのか
を確認しながら治療方針を考えます。
当院では、下顎頭の形態変化が大きくても、顎位と噛み合わせを整えることで、天然の顎関節を残したまま長期間安定している患者さんを経験しています。
できることなら手術を避けたい。
「大きな手術はできれば受けたくない」
そう思うのは自然なことです。
しかし、手術を避けることだけを治療の目的にするのも違います。
大切なのは、
自分の顎関節が現在どのような状態にあるのかを知ること。
そして、
顎関節を残した治療と外科治療について、それぞれの可能性と限界を理解して選択すること。
だと思います。
下顎頭吸収や人工顎関節全置換術について説明を受けた場合でも、治療を決める前に、別の視点から診断を受けることはできます。
セカンドオピニオンを受ける際に役立つ資料
これまでに検査や治療を受けている場合は、可能であれば次の資料をご用意ください。
- 過去と現在のレントゲン、CT、MRI
- 顔や口の中の写真
- 矯正治療前後の資料
- 歯型や口腔内スキャンのデータ
- 噛み合わせが変わり始めた時期の記録
- 顎関節の痛みや音が始まった時期
- これまで使用した口腔内装置
- 全身疾患、外傷、手術などの治療歴
異なる時期の資料を比較することで、下顎頭や噛み合わせの変化を把握しやすくなります。
よくあるご質問
Q:下顎頭吸収があっても、痛くないことはありますか?
あります。下顎頭の変化が大きくても、顎関節に強い痛みを感じない患者さんはいます。痛みがないことだけで、進行していないとは判断できません。
Q:吸収した下顎頭は元に戻りますか?
必ず元の形に戻るわけではありません。骨のリモデリングによって形態が変化する可能性はあります。治療の目標は下顎頭を元通りにすることだけではなく、顎関節と噛み合わせを安定して機能させることだと考えています。
Q:矯正治療だけで下顎頭吸収は治りますか?
矯正治療は噛み合わせを整える治療であり、下顎頭吸収そのものを必ず停止させる治療ではありません。しかし、かみ合わせの安定は下顎頭吸収の進行を防止するためには欠かせないと考えています。
Q:人工顎関節全置換術は危険な治療ですか?
必要な患者さんにとっては、痛みや機能を改善する重要な治療です。ただし大きな外科手術であり、合併症や人工関節の耐久性、将来の再手術などについて説明を受けたうえで判断する必要があります。
Q:下顎頭吸収が現在も進んでいるかは、どう判断しますか?
一度の画像だけでは判断できないことがあります。過去と現在の画像、噛み合わせ、顔貌、症状などを時間を追って比較して判断します。
Q:「手術しかない」と言われた後でも相談できますか?
相談できます。ただし、診察の結果、外科手術が適していると判断される場合もあります。セカンドオピニオンは手術を否定するためではなく、現在の状態と治療の選択肢を整理するためのものです。
まとめ:人工関節を決める前に、顎関節を残せる可能性も検討する
下顎頭吸収は、顎関節にある下顎頭の体積や高さが減少し、下あごの後退や開咬を引き起こすことがある病態です。
人工顎関節全置換術は、関節の破壊や機能障害が大きい患者さんにとって重要な治療選択肢です。
一方、下顎頭吸収の状態は患者さんごとに異なります。
人工関節という選択肢を否定するのではなく、
天然の顎関節がどこまで機能しているのか。
顎位と噛み合わせを整えることで安定する可能性がないか。
大きな外科手術を受けるかどうかを決める前に、一度検討してもよいのではないでしょうか。
※本記事は一般的な医学・歯学情報と当院の臨床上の考え方を紹介するものです。個々の患者さんの診断や治療方法を示すものではありません。下顎頭吸収の原因、進行度、症状には個人差があり、外科治療が必要となる場合もあります。
参考文献
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